宇宙作家クラブ
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●H-2ロケット8号機打ち上げレポート
文:笹本祐一(1999年 11月14日)



 一一月十五日、月曜日、種子島はほぼ晴れ

 朝四時頃、宿の六畳テレビ付きの部屋に置いてあったデジタル目覚まし時計が鳴りはじめる。この部屋、半年くらい前の脈絡のない雑誌が置いてあったり押し入れの中にどう見ても家人のものとは思えないものがとってあったりして、どうも前にいた人の忘れ物をそのままとってあるっぽい。
 のたのた起き出し、昨日買っておいたカロリーメイトで朝食とし、出掛ける仕度を整える。いかに南の地といえども外はまだ暗いのだが、ずいぶんとあったかい。
 外に出てみると煌々と星が輝いており、雲はない。こんな天気で打上げだといいんだけどなあといつもの会話をしながらレンタカーで宇宙センターにむかう。

 本日のプレスツアーは五時集合、車を駐車場に置いて報道センターに歩いていくとプレスツアー用のバスが来るあたりまでいつもと同じ風景である。 プレスツアー開始は五時半。九月の打上げ時のプレスツアーは三時集合の三時半出発で、ロケットを発射する射座点検棟(PST)開放は四時からだったのでずいぶん遅くなっている。報道陣が乗り込んだバスが機体組立棟(VAB)に到着することには、うっすらと空が明るくなりはじめる。 今回は最初っからVABの屋上に昇ることにする。 今回は開放作業を全部上から見ることになる。朝日の出る位置がだいぶずれてきているなあ、前回と比べて。 

 時間のずれた理由をNASDA職員に聞いてみた。前回は二段目がH-IIA用ということで、それだけ慎重にやっていたのだが、前回の打ち上げ延期から二度ほど開け閉めして慣れて来たため、それだけ時間を詰めたという。 タンク内に液体燃料を注入して行う極低温検査はPSTを開放して行われる。前回以降これを何度もやっていたので、それで今回はその分の余裕をとっていないらしい。 SRBの色がグレーなのは、これも塗装をやめた結果だという。前回までは白かったんだよね。 開放作業は、トラブルなしにすいすいと終った。

 VAB内に戻り、エレベーターを待つ間にいろいろとうろつく。 VABの中には、地上テスト用のGTVが頭部フェアリング付きでその片方に収納されていた。こちらクリーンルームになっており、でもエレベーターから降りた十五階で空いているほうは上からのぞけたぞ、と思って外のガラス窓から中を覗き込んでみると、きっちり天井が張ってある。なるほど、この天井開放というコマンドのある操作盤はVABの中にクリーンルームを形成するためのものであったか。

 下の移動発射台を輸送するためのローリーはディーゼル動力、三菱重工製でこのためだけに作られたもの。二台並んで移動発射台の下に入り、H2時代のレール移動に変わって舗装路を二つの発射台に動いていくことになる。
 車体の色は緑色、キャスターのような方向を変えられるステアリングできる首脚が運転席の後ろからずらりと車体下に14個並んでいる。二輪一組のこれが片側に二列、従ってタイヤの数は一四かける二かける二かける二、あわせて一一二個、これが左右に一台ずつついて移動発射台を持ち上げる。

 タイヤは、通常見られるような生易しいものではない。一メートル弱くらいの鉄のリングのまわりに厚さ五センチくらいの硬質ゴムをぐるりと張り付けたもので、チューブもカーカスもラジアル構造も何もなし。サスペンションは他にあるのだろうけど、サスペンション効果はなにも期待できない。まあ、動きは目いっぱいゆっくりだろうし、それでもあんまり支障はないのだろうが。

 PST開放が終了すると、今度は発射管制室、ブロックハウス内の見学である。

 日が昇るに連れて温度が上がって来る。だいたい中種子が空港に到着した時から到底革ジャンパーを着ていられるような気温ではなかったのだが、今日はまた暑い。 八時過ぎにプレスツアー終了、報道センターに戻って来る。打上げは本日の午後四時二九分予定、ゲートの閉鎖は三時半。宿に戻って飯を食うことにす
る。

 三時くらいに報道センターに戻って来る。前回は、この宿に戻って休んでいるはずの時間に燃料注入の中止、続けて打ち上げ実施責任者の記者会見が行なわれたりしたのだけれども、今回は宿に報道センターから呼び出しがかかることもなく、戻って来てホワイトボードで進行状況を確認してみると打ち上げ準備は問題なく進行中らしい。
 打ち上げ一時間前から屋上にでる。
 今回は報道センターのスタッフに至るまで第一回打ち上げ時のような緊張感があり、前回のような細かいトラブルも出ていない。そのため、これはスケジュールどおり打ち上がるだろうなという予感は前日からあった。屋上からはるか三・五キロ先の射点のH-II8号機を見ると、バックに全線の影響と思われる層雲がそびえており、上空を西から東にいくつもの雲が通過していく。
 懸案事項といえば、この雲がうまく報道センターの視界からそれてくれれば、とそれだけ。

 打ち上げ準備状況を伝えるアナウンスが日本語、続いて聞き慣れている声の英語で観望台の屋上に流れはじめる。雰囲気出て来ましたねえ。今回は行くだろう。NASDAはH-IIロケット八番目のフライトをディサイデッドしたって言ってるし。
 発射台を双眼鏡で見る。持って来た八×二四の宮内の小さな双眼鏡の威力を実感する。対象物が明るいためか、キッチュのオリンパスの五〇ミリ双眼鏡とさほど見え方が変わらない。

 打ち上げ三〇分ほど前、セーラー服とブレザーのどう見ても中学生くらいのが報道用のヘルメットをかぶって屋上に出て来る。あと学生服一人。何だろう? 
 一〇分前からデジカムをスタンドにおいたまま回しはじめる。最大望遠の画面の中央にロケットがいるはず。
 アナウンスはカウントダウン300秒前を切り、自動シークエンスに移行する。発射台の向こうの層雲は動かないが、手前を流れる雲はいい感じに切れて来た。
これなら真っ青な空に上がるロケットが、それこそSRBの分離まで見れるのではないだろうか。
 雲は切れた。まるで図ったように観望台からロケット、そしてそのロケットが飛び上がる上空に雲がなくなる。H-IIの打ち上げに立ち合うのはこれでメインエンジン点火後に打ち上げ中止になった二号機を入れて七回目だが、これだけ天候に恵まれたことはない。
 話によれば一〇日間延期になった二号機のリターンマッチ、雲を抜けたロケットのSRB分離が見れたらしいが、今回は飛行経路に向けて一切雲がなくなっている。
 さぞかし素晴らしい映像が撮れるだろう。

発射直前のH-II。

 カウントマイナス五、メインエンジン点火。発射台の反対側から噴射に叩かれた水蒸気が立ち上がる。カウントゼロ、固体ロケットブースター点火、オレンジ色の焔が噴き出すと同時に、スタンドにおいたままのデジカムをズームダウン、画角を広く取り、上昇していくロケットを捉え続ける。続いてカメラを手に取り、ズームアップして上昇していくロケットを追う。
 メインエンジンの音に続いて、固体ロケットの轟音が観望台に振って来た。……
 いつもより音が小さい?耳を聾せんばかりの轟音が、単なる轟音程度にしか聞こえない。慣れたんかなあ。
 ロケットは順調に飛行を続け、予定通り飛行開始後95秒、SRBを分離した。左目の肉眼でも、右目のデジカムのファインダーでも、二つに別れた噴射煙が見えている。
 残った一段目のメインエンジンは酸素と水素の燃焼炎だから、青い焔を肉眼で確認するのは困難である。青空の中にぽつんときらめく光をファインダーでおいかけたのだが、あっという間に見失った。
 いやあ、いい打ち上げだった。夜だったらばきっと水平線のむこうに消えるまで見えたんだろう。その昔、二段目の燃焼終了まで双眼鏡で終えたJ一ロケットの一号機のように。

上昇するH-II。広角レンズにて撮影。

 後の追跡は報道センターで飛行経路でも見ようと思って三階の記者控え室に降りていく。
 いつもなら飛行経路を映し出しているはずのモニターは、下に据え付けてあるカメラの場所が書いてあるせいか、からになった発射台を映し出すだけである。
 そうこうしているうちに、NASDA記録班による発射の映像が映し出された。青空に昇って行く八号機が、きれいに映し出されている。一緒にいた職員に「いやあ良い打上げでしたねえ」とか話していると、アナウンスが入った。

騒然とした雰囲気が漂うプレスルーム。

「ロケットはミッション達成の見込みがないため、自壊させました」 耳を疑う。ここまで苦労して上げたロケットをミッション達成の見込みがないからといってあっさり壊すか?
 しかも、自壊、と聞こえた。つまり自爆コマンドを送ったということである。
 アナウンスが入ったのは打ち上げ後ほぼ九分後。打上げの完全な失敗である。
どうするんだおい。

 一六時四五分、四階記者会見場にて記者会見が行なわれた。体裁としては緊急記者会見に近い。
 正式な会見ではなく、速報的なものとしての記者会見であるとのこと。現段階ではなにが起きたのかNASDA側も把握していないから当然だろう。
 そのだ打上げ実施責任者より説明があった。
 打上げ後四分までは順調に飛行、四分頃にメインエンジンが突然停止。とうぜんスピードダウンする。しばらく様子を見ていたのだが、そのうち二段目が燃焼開始してしまい、機体が妙な揺動を起こしはじめ、電波リンクが難しくなったので、自爆コマンドを送った。
 八分前後、約五〇〇秒で自爆コマンド送信。
 破壊については小笠原でも種子島でも確認されている。
 現段階で一段目の分離は確認できず、一段目がくっついたまま二段目の燃焼開始したという可能性も有る。
 ロケットの状況としては、との質問には、「ほぼ、コントロールを失いつつありました」 自爆装置の起動は事業団としてはじめてである。
 わかっている状況を宇宙作家クラブと、それからマッドサイエンス学会にメイルする。宇宙作家クラブのメイルには、日本の宇宙開発史上最大の失敗に対して公式コメントを発表するべきではないかと提案する。チャレンジャー事故の直後、
それでも我々は宇宙開発を推進すると演説したレーガン大統領のように。

 一七時十五分頃、間も無く十亀責任者出席による記者会見が行われるとのアナウンスがあり、再び四階会見室に移動する。

 一七時二〇分、打ち上げ責任者の十亀さんより状況説明。これはわかる範囲での事故の状況報告。

 一段目が二四〇秒で停止、予定では三四六秒燃焼するはずだった。メインエンジンの停止原因はまだ不明。
 そのあとのシークエンスは時間が狂っているものの、二五五秒予定のフェアリング分離が二九〇秒、二段分離が三二四秒、一段目と二段目は分離したものと思われる。そのあと二段目に着火、三六〇秒予定が三四〇秒で。
 四五五秒ですべての射場で電波が受信できなくなるので、その直後に小笠原追跡局から指令破壊コマンドを送る。
 高度四六キロ、落ちた場所は小笠原北西海上一五〇キロ。しかし、この爆破確認はされていない。一段目と二段目が分離されているので、一段目は爆破されずに落ちている可能性もある。海面に落ちたところで破壊されているのではないか。海面で酸素と水素に火が着く可能性もある。特別な警戒域になっていないので、落ちたことによる事故になっていないことを願っている。
十亀「出来るだけのことはやったので非常に残念」 燃焼圧力で停止したということがすぐにわかる。それまでは正常の飛行、燃焼圧力は正常で飛行経路も予定通り。原因はテレメーターデータを処理しなければならないので不明。これには時間がかかる。
 メインエンジンは突然停止したのではないか。二四〇秒でそれまで正常に燃焼していたのが突然停止したと思われる。
 第一エンジンが停止したことにより、飛行が異状になっている。
 第一段は、今まで実績があるエンジンで、開発段階までさかのぼっての審査は行っていない。予想だにしなかった事故である。だからとくに詳細な審査はしていない。
 ただし、過去の同形機との比較審査は行っている。
 事前の懸念材料はいっさいなかった。エンジンに不具合があったのかどうかもわからない。 控え室に戻って来て、とりあえずまとめたメモをメイリングリストに流す。ついでにさっき見た野尻抱介の掲示板が情報に餓えていたので、種子島からの情報は他に自由にアップしてくれとの一文を付け加えたら、すでにアップされていた。ナイス。

 次の記者会見は一八時をめどと予告されていた。
 今回の出席者は十亀実施責任者、内田NASDA理事長、中曽根科学技術庁長官、二階運輸大臣、岩村運輸省航空局長、瀧川気象庁長官。

 六時二〇分、いろいろとペーパーが配られる。発表文、運輸大臣談話、理事長談話、、事故対策本部の設置、実際の飛行イベントと予定との比較表などが配られる。
 運輸大臣談話。電話で総理に報告し、再打上げを実施したい旨を申し上げたところ、早い時期に打上げを実施できるように激励があったとのこと。ただしこれは衛星製作からはじめなければならない。
 十八時三〇分、御偉方入場。御偉方以外にも今回の主任クラス、宇宙センター所長、科技庁審議官、運輸省航空衛星室長、佐藤気象衛星室長などが入場。
 御偉方の挨拶は発表文の読み上げ。お詫びと事後対策に終始する。
 二階運輸大臣「代替機の調達を開始、可能な限りの早期に再打上げを実施したい」 具体的にはいつまで?「まだそれをいう段階ではない」「現段階では、NASDA以外から代替衛星を打上げるということを言うつもりもない。
 打上げ失敗によるこれからの展開への影響も、内田理事によれば「まだそれを言う段階ではない」「二つ続けての失敗は痛手だが、それが大きな影響を与えるかについてはこれからにかかっている」気象庁、瀧川長官「ひまわりの設計寿命は今年度いっぱい、燃料はまだ残っている。燃料はあと数年保つ可能性がある」
 東京、スポ日からの質問。今回の損失金額は? ロケット百四十億、不具合対策に十四億、衛星関係はロケット含めて二八九億円。
 爆破指令は竹崎総合司令棟で飛行安全主任によって決断された。
 今回は、ロケット側からの電波が受けられなくなるということで、その直後に指令を出した。
 第一段停止直後から爆破は覚悟したものの、電波が届く限りは様子を見ようということ。
 飛行安全主任は他からのアドバイスなしに独立して爆破を判断する。
 推定される落下緯度経度は北緯二九・四三、西経一三九・四五度前後。

毎日新聞「日本の科学技術の信頼低下については?」科技庁長官「実に残念、申し訳なく思っている。宇宙開発も原子力も我が国の発展には欠かせないものだから、原因究明に努力する」「宇宙開発と原子力では方向も違うが、国民の信頼を失ったことは科学技術行政についても大変な痛手である」
内田理事長「対策チームを作り、さらにそのチェックチームも作り、万全の体制を敷いていたにも関わらず、なにか抜けていて事故が起きた。これを解明して今後に解明していくというのが第一に必要なこと。LE7Aの開発については、原因解明次第で影響が出て来るかもしれないが、それは次のこと」
 七時頃、東京に帰るために大臣他霞ヶ関組退出。九時から科技庁で対策会議が行われるそうで、いったいどうやって間に合わせるつもりなのだろうか。

 コスト削減について、安くしたのは二段目以降なので、今回の事故については直接の影響は受けていない。

 この記者会見を最後に、本日はもうイベントはないということなので宿に引き揚げることにする。ついでに、記者証と腕章も返す。
 宿に戻り、ニュースを見るとさすが地元、ほとんどのニュース番組がH-IIロケット失敗を取り上げていた。今回ばかりはなんとも弁護しようがない、完全な失敗である。
 ただ、政府による一律の経費削減が、まわりまわって事故の遠因になったのではないかという予想はできる。削るのは人件費であり、たとえば前回の打ち上げ延期の一因となったタンクの底の感知センサーにしても、テスト三号機までで正常に作動したことが確認されており、だからこそ打ち上げ前の点検を省略してそのための経費を削減したのである。
 それまで190億円といわれていたH-IIロケットの打上げ費用は、延期前で百四十億円といわれていた。延期により発生した費用は、前日の記者会見によればあわせて16億5千万円。切れないところを無理に削減しようとしたのであればそもそもの責任は大蔵省にあるし、だいたい安くロケットが上げられるようになってもそれが全額ぶっ飛ぶようではなんにもならない。
 恐ろしくて記者会見の時には聞けなかったのだが、今回、ひまわりを運用している気象庁は代替手段としてひまわり五号の延命、四号の復帰まで想定しているにも関わらず、運輸省は代替衛星の用意はおろか保険すら掛けていなかったそうである。
 今回の失敗原因が、どこまで究明されるか。それが、無理な削減にまで及ぶかどうか。
 記者の質問にしても、「だいたい世界で年間一〇〇基くらいロケットが上がるとして、そのうち失敗するのは三基くらいだと思うんですけれど」
 思うだけで質問するな!ちゃんと十亀さんはことしアメリカで四基連続失敗って例があるといってるじゃないか!!どこの新聞にもニュースにもそんなことは載ってないと思うけど。
 ニュースステーションでも、某宇宙開発評論家が好き勝手なことを吹いたらしいし。

 綺麗な打ち上げだったんだけどなあ。
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