投稿日 2015年12月8日(火)08時14分 投稿者 柴田孔明
金星探査機「あかつき」の金星周回軌道投入における姿勢制御エンジン噴射結果について、2015年12月7日12時00分(日本時間)より記者説明と質疑応答が行われました。
・登壇者
中村 正人 「あかつき」プロジェクト プロジェクトマネージャ/太陽科学研究系 教授
本日、我々宇宙研は金星探査機「あかつき」の金星周回軌道投入のオペレーションを行いました。本日(2015年12月7日)日本時間8時51分29秒から同9時11分57秒まで1,228秒間、エンジンを噴射するオペレーションを計画し、計画通り行われたことを確認しています。噴いている方向と噴射量は予定されたものとほぼ同一のため、当初予定していた軌道に入ることは大変期待が持てると考えている。正確な軌道については、これから飛んで行くところを追いかけて確認し、2日後に皆さんに発表できる予定です。
心境としては、5年前に達成していなければならなかった事を今回やっと出来て、肩の荷を下ろした気持ちです。
管制室は和やかでしたが、マニューバモニタを見ている時は緊張していた。途中、地上アンテナの都合で見えなくなった時は緊張したが、すぐに元に戻って最後まで確認ができたことで、そのときに皆安心した。
(図を示しながら)
噴射開始が高度1800キロメートル位で、最も近づくのが500キロメートル位。逆噴射しているので放物線からだんだん金星に近づき、噴射が終わったところでだいたい500キロメートル。
探査機の速度変化は280m/sくらい。
・質疑応答
共同通信・9時20分過ぎに運用管制室で拍手が起こっていたが、その理由は。
中村・オペレーションが完全にうまくいったと石井エンジニア(※)が宣言し、そのあと私が皆さんにひと言申し上げて、その結果に対して拍手があったということです。
(※石井 信明 JAXA金星探査機「あかつき」プロジェクトエンジニア 宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系 教授)
NHK・2回目の噴射(もう一方のエンジンによるバックアッププラン)は行ったのか。
中村・やっていません。
NHK・画面で拍手が何回かあった。9時23分と9時29分だが、それぞれの理由は何か。
中村・ひとことを言った1回目は覚えていますが、そのあとはよく覚えていない。
NHK・想定外の事はあったか。
中村・特にない。
毎日新聞・オペレーションがうまくいった時の宣言内容とひと言の内容をお聞きしたい。
中村・石井先生は「これでオペレーションは正常に終了しました」と宣言された。私は日本語で「これで我々は成すべき事を成しました」。英語で「our dreams will come true」と申し上げた。
NHK・エンジンが壊れ5年でようやくたどりついたが、今のお気持ちをお聞きしたい。
中村・単に時間的に長かっただけでなく、欧州の探査機と一緒に観測して世界的に盛り上がっていたはずであったところが、日本が責務を果たしていないということに対して忸怩たる思いであった。やっと日本がデータを加え、2つのデータを持ち寄って欧州と日本の研究者が解析していきたいと考えています。
NVS・このあとサイエンスチームの予定はどうなっているか。チェックアウトが続くのか。
中村・もう既に観測プログラムは12時前に送られました。14時から17時くらいの間に観測を開始します。衛星は毎日モニタしており、その状態から変わっていないことを確認している。温度や機器に流れる電流、機器のON/OFFのステータスは確認し、衛星に問題は全く無いというチェックアウトは済んでいる。これで観測にすぐ移れる。
共同通信・最初の観測データはいつ届くか。
中村・難しいが、ハイゲインアンテナ(HGA)の地球指向は10日以降になる。ミドルゲインアンテナ(MGA)で送るので2〜3日かかる。金星周回の動作をさせるチェックアウトがあり、そちらが優先される。なるべく早く公開したい。
共同通信・2010年当時は2016年の投入見込みで、放射線や熱などによる劣化を心配して早めたと思うが、これからの観測に支障は無いということか。
中村・到着前に観測器を立ち上げて金星の写真を撮ってみたが、そのときの傷などは思っていたよりはるかに少なかったので、カメラの状況は非常に健全であると思われる。ただ冷凍機の稼働に2日かかる2ミクロン帯の赤外線カメラはまだ画像がとれていない。また雷カメラは暗いところでないと、繊細な機械なので壊れてしまうため、金星の影(夜)の部分に探査機が入る1月以降に観測を開始すると考えている。
日経新聞・本日午後から観測するものは何か。
中村・三台のカメラが同時にシャッターが切れる。中間赤外カメラ(LIR)、1μmカメラ(IR1)、紫外線イメージャ(UVI)の3台のカメラを稼働させる。とりあえず雲の写真を撮る。三ヶ月は試し撮りでチューニングする猶予がある。ノミナルの観測は4月から2年間を予定している。
・まだ軌道に入ったか不明だが、今後の課題は何か。また今後の期待は。
中村・これまでは観測器を動かしていなかったので、衛星の状態を監視するオペレーションだけで観測器に上げるプログラムも非常に短いもので済んでいたが、これからは毎日のようにプログラムを上げてどういう観測をするという、観測の日々に入っていく。我々はまだ何が撮れるかはっきりと知らない。そこで最初は混乱があり、だんだんそれを整理して、観測に入るための手順を確立するまでがいちばん大変だと思っている。マンパワーの問題もある。非常に少ない人数で運用している。これをなんとかしていかなければならない。
朝日新聞・もし「あかつき」に言葉をかけるとしたら何と言うか。想像以上の出来なのか。
中村・「意外と頑丈だったね」
非常に丁寧に探査機のメーカーの方が作ってくださった。堅牢な軍艦のような探査機。殆ど壊れなかった。
時事通信・前の記者会見で、噴射後は試験を提出した後の状態だとたとえていたが、自己採点で今の気持ちはどう表せるか。
中村・「これは合格したな」という自信をもって試験の発表に臨みたい。
NVS・観測機器のチューニングを行い、来年の3月以降に軌道を狭める運用を行う予定だと思うが、今回の軌道投入の燃料使用量は想定通りだったのか。
中村・その通りです。
NVS・軌道を下ろすのは観測機器のチューニングが終わってからという事か。
中村・それは別の事象でたまたまチェックアウトが3ヶ月で、軌道を下ろす時期と重なった。金星の影に入って太陽電池に日が当たらず発電できない状況をなるべく短くしたいため。
NHK・5年前は国民の皆様の期待に応えられず申し訳ないと謝罪されていたが、今回は何とおっしゃいたいか。
中村・5年の間、温かく見守っていただいてありがたいと思っている。今回のリカバーで全て償える訳ではないが、今度我々がとるデータが世界の研究者に使われていくことで、ご理解いただけると有難い。本当に長い間ご支援いただき有難かった。
・メッセージキャンペーンに応募された方々に何かひと言をお願いしたい。
中村・やっとつきました。特急券の払い戻しは出来ず申し訳ございません(笑)。
(※メッセージキャンペーン応募の受領確認に「地球→金星」の」記念乗車証が返信されていた。これの有効期限が切れてしまっているが、プロジェクトとして有効と発表されている)
・共同通信・今日のところで心配している事象は無いのか。
中村・特にありません。
・日本の惑星探査について
中村・日本は惑星探査についてのノウハウが無い。一回失敗しないと次に進めないというのがやってみた実感。かつての米ソも沢山の探査機を送り込んで失敗に失敗を重ね、やっと成功の確率が高くなってきた。我々もまだその段階にいる。日本は他にも良い技術を持っていてアドバンテージもあるが、やはり一歩一歩進まなければならない。うまくバランスをとって日本の惑星探査を進めていきたいと考えている。
NHK・大きな注目されている中で成功させたことについての思いをお聞きしたい。
中村・誇らしかった。
NHK・今回、スラスタ噴射を予定通り出来た背景には何があるか。
中村・リスク管理はたぶん想像力だと思う。今回の多くのチームメンバーが非常に想像力を働かせて、確率的には小さいけどあり得る可能性を全部考えた。たとえば太陽の放射線でCPUがパンっと止まってしまった、そういう時にどうするかといった事を全部考えた。想像力を最大限に発揮した結果が今回に繋がった。
考えに考えたとしても抜けはまだあるはずですが、そこには幸い引っかからなかった。そういう所をどんどん小さくしていくことが、ノウハウを積むという事だと思います。
産経新聞・確認だが使ったスラスタは4基だったのか。
中村・トップ側の4基を噴きました。
フリー大塚・今回の噴射の秒数が、前回会見時の1,233秒と違うが、変更されたのか。
中村・変更して今回の1,228秒になりました。
時事通信・5年間で決断した中でいちばん頭を悩ませたものは何か。決断した基準は何か。
中村・(判断が)二叉に分かれるものは無かった。やはり探査機の温度が上がってしまうことが大きかった。ハイゲインアンテナを太陽に向けると熱的に持つということで、石井プロジェクトエンジニアがこの方法でずっと行くと決断した。それはユニークソリューションだったと思う。そのため高速で通信できるハイゲインアンテナを地球に向けられず、通信が非常に細くなってしまった。これが運用者にとって非常に辛かった。
朝日新聞・噴射の開始時刻と終了時刻を教えてください。
中村・8時51分29秒開始、9時11分57秒に終了。
共同通信・噴射20分した後の大きな作業は何か。
中村・たくさんあって今も続けている。まず非常事態に備えて自動的にひっくり返った姿勢(反対側のスラスタが上になる姿勢)を、ハイゲインアンテナが太陽に向いた元の姿勢に戻す。推進器を使う特殊な設定を解除し普通の状態に戻す作業が入る。また、探査機と地球の距離を調べたり、プログラムのアップロードをしたりと、息つく間もないオペレーションで、「慌てて壊すなよ」と石井先生がオペレータに指示している。
共同通信・噴射時はチームの皆さんが運用室にいたのか。
中村・サイエンスのチームなどの方々は入りきれないので廊下で。運用室は誰がどこに座るか決まっていて、それ以上は入れない。
共同通信・軌道投入に成功したと見られると言っていいのか。
中村・はい。
・今後の観測の順序はどうなっているか。
中村・いちばん見えやすいものから撮る。コントラストの高い物はよく写る。微量気体で一酸化炭素の濃度の違いを調べる事などは露出、秒数、絞りをきちんと設定してシャッターを切らないと写らない。そういったものは進んできてからになる。雲がいちばん写しやすい。
・具体的にどのタイミングで何を撮るか。
中村・まだ決まっていなくてこれから。うまくいったら先に進む、うまくいかなかったらそこのチューニングという作業になる。そこは試行錯誤になるので3か月とってある。
ニュートン・探査機の温度が心配とのことだが、設計通りなら耐えられる状態なのか、それとも限界を超えた状態で運用しているのか。
中村・限界を超したらわからない。もう一回の近日点通過はやりたくない。
フリー喜多・一回失敗した探査機を再挑戦で戻してしまった事について、どんな風に言われていたか。
中村・こういったケースは世界でも珍しい。探査機「ドーン」が行き過ぎた例はあった。
一部は壊れたが他は無事なのがラッキーだった。また、(2010年に)噴いたのか2分間だったので、探査機が生きていられる比較的短い5年後に金星に会合するチャンスがあり運が良かった。これがゼロや6〜8分の噴射だと、どうなっていたか判らない。短い可能性もあるが、もっと長い期間になっていたかもしれない。人間の力を離れても非常に希有なオペレーションだったと思う。千載一遇のチャンスをとらえてものにしたのは、チームメンバーの底力で、特に石井先生をはじめとする工学チームの底力を感じた。
中村・他の方のコメントで、廣瀬さん(※)は「安心しました」とのことで、石井先生は「これからです」とおっしゃっていました。
(※廣瀬史子 研究開発部門 第一研究ユニット 主任研究員)
以上です。
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