投稿日 2022年7月9日(土)21時30分 投稿者 柴田孔明
2022年7月8日に内之浦宇宙空間観測所で行われた観測ロケットS−520−32号機の報道公開と概要説明です。
・登壇者
JAXA宇宙科学研究所 太陽系科学研究系 准教授 阿部 琢美
奈良工業高等専門学校 電気工学科 准教授 芦原 佑樹
JAXA宇宙科学研究所 宇宙飛翔工学研究系 准教授 観測ロケット実験グループ グループ長 羽生 宏人
・概要説明 観測ロケットS−520−32号機の実験について
・実験題目:「電離層擾乱発生時の電子密度鉛直・水平構造観測」
・概要:電離圏下部(高度80〜300km)に擾乱(プラズマ密度の変化。濃淡)が発生している時に、観測ロケットにより電子密度の鉛直・水平方向の構造を観測する。
・実験予定日時:2022年7月10日23:00(〜24:00まで)
・予備期間:同年7月11〜17日、8月8〜17日、9月6〜17日の同時刻
・実験の目的:本実験では観測ロケットにより電子密度擾乱発生時の電子の鉛直・水平方向の分布を観測することで空間構造を明らかにし、発生メカニズムの解明に迫る。
・実験の背景(1):電離圏中の電子密度の擾乱(様々なスケールの電子密度変化)はスマートホンやカーナビでの測位精度を悪化させる他、電波の宇宙利用に影響を与える現象として知られている。GNSS衛星電波を使用したこれまでの観測では衛星−地上間の電子数の積分量が推定されてきたのに対し、本実験はロケット高度の上側と下側の密度分布の違いを明らかにすることに特徴がある。
測位の精度悪化の要因は複数あるが、いま最も大きいと考えられているのか電離圏遅延と呼ばれるもの。電波が電離圏を通過する際に濃淡があると電波が早く届いたり遅く届いたりする。僅かな差なので衛星放送では問題にならないが、測位では僅かな時間の差が数メートルから数十メートルの誤差に関わってくる。対策として電離圏予報みたいなものがあれば有効と考えられている。
(※GNSS:Global Navigation Satellite system:全地球航法衛星システム。米国GPSがよく知られており、ロシア、EU、中国等がそれぞれ独自のシステムを構築している)
・実験の背景(2):
・MS−TID(中規模伝搬性電離圏擾乱)とは、電離圏F領域に発生する数百km波状構造が、日本の上空では夏期夜間には南西方向に、冬期昼間には南南東方向に伝搬する現象。
・MS−TIDの生成は、夏期夜間は従来大気重力波による中性大気の摂動が原因とされてきたが、中緯度では電場が重要な役割を果たすと考えられてきている。
・計算機シミュレーションからはスポラディックE層の不均一に起因する電場が磁力線沿いにF領域に投影され、MS−TIDが急激に成長することが最近の研究によりわかってきた。
・MS−TIDの生成機構解明にはE領域およびF領域で電子密度の鉛直・水平構造を同時に観測することが重要。
・実験のその他の目的:
・新たな計測手法の検証
・ロケットGNSS−TECトモグラフィ法の実証。
・新方式の月・地平線センサの検証。(※ロケットの絶対姿勢を確認)
・機器内製化と打ち上げオペレーションを通した実践的な宇宙人材教育。
・観測ロケット実験が持つ「実践的な宇宙人材育成の場」としての役割をより強力に推進。観測ロケットは振動など厳しい環境なので、その中でどうやって観測の機能を成立させるかを考えるのは、非常に勉強になる。
・内製化により技術蓄積を行うとともに、測定機器のコストダウンにつなげることで、次の実験機会に向けてステップアップしたい。
・実験方法:以下の1と2により電離圏E・F領域のプラズマ密度の立体構造を明らかにし、3と4でメカニズム解明に重要な電場とロケット姿勢データを取得する。
1.GNSS、DBB:電波を使って伝搬経路上の電子数を推定、ロケットの移動を利用して広い空間の電子密度の推定。
2.NEI:プローブによりロケット軌道上の電子密度分布を観測。
3.EFD:ロケット位置で電場を観測し、密度擾乱発生に係る役割を解明。
4.VAS、MAS:カメラにより月や地球を撮影し、ロケットの姿勢を決定。
・Sub−PI
1.電離真空計による大気圧計測実験。クリスタルイオンゲージを用いてロケット飛翔中に大気圧力を測定し、熱圏下部での中性大気密度を推定する。
2.SMT/USOによる軌道同定実験。ミニチュア・テレメータ送信機(SMT)に高安定信号発生器(USO)を接続し、飛翔中に生じるRFのドップラーシフト量から飛翔経路を高精度に推定する。
・参加研究機関
奈良高専、京都大学、東北大学、富山県立大学、東海大学、神戸大学(Sub-PI)
・搭載機器 (搭載機器:略称:観測項目:担当機関)
全電子数観測器:GNSS:電子密度(トモグラフィ):奈良高専
2周波ビーコン送信機:DBB:電子密度(トモグラフィ):京都大学
電場計測器:EFD:電場観測:富山県立大学
インピーダンスプローブ:NEI:電子密度(その場観測):東北大学
画像姿勢計測器:VAS−V/I、MAS:ロケット姿勢:東海大学
※地上局は鹿児島県内に設置。
・打上げ条件
・ロケットの保安や飛行に影響を与えない天候であること。
・ロケットの飛翔方向に電子密度擾乱(変化)が発生していること。
・満月に近い月(月齢10.8〜18.8)がロケットから観測できること。
・質疑応答
鹿児島テレビ・最高到達高度はどれくらいか。またどの高度で実験を行うのか。上りだけか。
阿部・風などの条件によって変わるが260〜270kmくらいの高度を予定しています。観測は、大気がプラズマという状態になっているのは高度70キロくらいから。そのため高度80キロから260キロまでの空間を観測する。観測は上りと下りで行う。
鹿児島テレビ・擾乱は夏場はほぼ毎日あるのか。
芦原・7〜8割の確率で発生しています。来ない日がずっと続くこともある。太陽の11年周期で統計をとると7〜8割になる。
鹿児島テレビ・資料には測定器が5つあるが、サブをいれて6つの機器となるか。
阿部・サブを入れて8つ。主目的の測定機器は6つです。
南日本新聞・擾乱の観測は今回が初では無いが、JAXAはいつから擾乱の発生メカニズムの解析を行っているか。今回は従来の観測と何が違うか。
阿部・大変重要なポイントです。電子密度擾乱の実験はこれまでも多数行ってきました。理由は電離圏のプラズマ密度が一定なら簡単で、仮定することができて測位に狂いは生じない。ところが実際の超高層大気領域は密度の変化がある。なぜ変化するか、最大どれくらい変化するか、GPS測位にどれくらい影響するかを知りたい。理解できれば社会的にも役に立つ。そういったモチベーションから沢山の実験を行ってきた。いろんなアプローチの仕方がある。たとえばS−520−27号機ではメカニズムの本質に迫るものでパラメータをたくさん測りたい。電子密度や電場だけでなく中性大気の運動、電子温度などいろんなパラメータを総合的に観測してメカニズムそのものにアプローチするものだった。今回はメカニズムの解明も目的だが、立体構造を明らかにしたい。鉛直構造、水平構造を観測する。ひとつの研究によれば、F領の電子密度擾乱はE領域に種がある。それならばE領域とF領域を分離して電子密度を測ることが重要。それを実現するのが今回の実験。
南日本新聞・E領域とF領域の違いを調べるのは今回が初めてか。
阿部・初めてではない。これまでもロケット軌道に沿って「その場観測」でE領域もF領域も通過して密度を観測している。今回の特徴は電波を使うこと。それにより広い空間の電子密度を推定することができる。その場観測はロケットの位置の密度しかわからないが、電波を使った手法でより広い空間の情報が得られる。
NHK・天候については今のところ23日の打ち上げに支障は無いのか。
羽生・そうです。
NHK・擾乱が発生しない可能性もあるのか。
芦原・確率は7割から8割だが、ばらつきがある。
NHK・23時スタンバイして24時まで待って、無かったら次の機会となるか。
阿部・1時間待って現象が発生していないとそうなる。
NHK・GNSSの衛星はGPSと言い換えて良いか。
芦原・やや正確さに欠けるが、皆さんに馴染みのある言葉として大丈夫だと思います。
以上です。
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