投稿日 2006年9月21日(木)13時39分 投稿者 笹本祐一
これは、予測される最悪のシナリオである。
MV代替機は、2010年の第一回打ち上げが予定されている。
開発が難航しているGXロケットが実用化に失敗し、さらにMVロケット代替機が現在のJAXA構想通りのSRB−Aを一段目に使う固体2段式という効率の悪い方式で開発に入った場合、日本は打上げ能力を失う可能性がある。
H-IIAロケットがある?確かに、2010年までにはH-IIAロケットは多数の打ち上げを重ね、その信頼性を上げるかもしれない。今回10号機の打ち上げから主契約企業となった三菱は、H-IIAを盤石のロケットに育て上げるだろう。
しかしその場合、3トン以下の小型衛星を地球低軌道にH-IIAで打上げるのだろうか。
民間では80年代にはじまった電子技術の高度化、超小型化は、信頼性至上主義の宇宙業界にもようやく波及している。秋葉原の電気街で購入された民生部品でも衛星は立派に作動することは実証されているし、なにより今スタンダードな衛星に使われる予定の高信頼性だがとことん旧式な電子部品は、どんどん入手が困難になっている。
そして、衛星の小型化、高性能化は世界的なトレンドでもある。かつて、大型衛星でなければ実現できなかった性能が小さくて軽い衛星でもっと安く手に入るのであれば、顧客は誰も大型衛星など欲しがらない。
小型化された衛星は、主に姿勢制御用燃料を大きく搭載できないという問題で、確かに大型衛星よりも軌道上の運用寿命が短くなる。しかし、これだけ電子技術の進歩が激しい昨今では、寿命の短さは装備のアップデートの機会にはなっても運用上の不利にはならない。
また、小型衛星を簡単に打上げられるのであれば、打上げに失敗しても簡単に代替機を用意できるし、あらかじめ失敗率を見込んで多めに衛星を用意して予備機として用意しても大型機より安く付く、などという事態も発生しうる。
2006年現在、静止軌道に2トンならともかく、低軌道に10トンなどという衛星の需要は民間にはほとんどないと言っていい。情報収集衛星や防災衛星などは、H-IIAロケットを打上げるために無理矢理大型化された節もある。
なにより、衛星は大きくて重いほうがJAXAにとってもメーカーにとっても利幅が大きい。逆に小型衛星は利幅が小さく、JAXAにもメーカーにも将来的に大きな業績は期待できない。
そして、予定されている2010年以降、もし小型衛星打ち上げロケットを日本が失った場合、500キログラムから3トン級の小型衛星を上げるロケットが国内に存在しない、という事態になることが想像できる。
H-IIAロケットがある?
3トン級の小さな衛星を、MVロケットより高価な大型ロケットで打上げるのは、どう考えても不経済である。
一基のH-IIAに複数の衛星を搭載して打上げる?
衛星は、一基ごとに目的が違う。顧客が打上げたいという時期も希望する軌道も、一致することの方がまれである。そして、複数衛星搭載の打ち上げは、ロケット一基の失敗が複数の衛星に波及するというリスクが高まる。何よりJAXA自身がH-IIA6号機で情報収集衛星を光学衛星、レーダー衛星二基同時に喪失するという経験をして、10号機では光学衛星単独での打ち上げが行われた。
小型衛星の需要は、商用、学術問わずこれからもいっぱい出てくることが予想される。しかし、それを顧客の希望通りに上げるシステムを日本が失っていたら?
海外には、小型衛星の打ち上げに特化したロケットが多数ある。現在イタリアが主導して開発中の固体小型四段式ロケット「ベガ」のスタッフとは、ISASも交流しており、その中にはMシリーズの遺伝子も受継がれるだろうという。
海外に打上げロケットがあれば、顧客も関係者も必ずしも国内打上げにこだわる必要はない。現に今計画中の日欧合同水星探査計画の探査機は、ソユーズロケットで打ち上げられることが決定している。
H-IIAがある?
官の需要のみを頼りに大型ロケットを上げ続け、信頼性を上げたとしても、世界水準で高価でありしかも売り込みの努力もしていないロケットは少量生産の高コスト体質から逃れ得ない。主契約者がJAXAから三菱に移った以上、民間企業たる三菱には不採算部門を切り捨てる自由がある。
もし、中型、小型ロケットがかつてのJ1ロケットのような失敗に終わったら、JAXAもメーカーも嬉々として新型の中型、小型ロケットの開発を開始するだろう。それは、多額の契約金が見込める打ち出の小槌である。
しかし、そこには顧客が求める衛星を上げるロケットに最適な設計を考える思想も、かつてペンシルロケットにはじまる世界レベルのロケットを開発してきた技術の伝統もない。
2010年の日本政府の財政状況は、今よりさらに危機的状況になっているだろうことは想像に難くない。
補助金まみれの第三セクターの末路は、今までにいくつも報道されている。
日本の宇宙業界だけが例外となる保証は、どこにもない。
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