投稿日 2003年2月15日(土)23時08分 投稿者
松浦晋也
最後のアリアン4打ち上げは高層風の回復が見込めないので数日に渡って延期することになりました。残念ながら今回あまり粘れないので我々は打ち上げに立ち会えないまま撤退です。この文章はワシントンDCで書いています。
##一つ訂正です。
前回の書き込みで「軌道傾斜角の問題はある(ギアナは北緯5度、ISSの軌道傾斜角は51.7度)からISSへの飛行は難しいでしょうが、ステーションも独自に持てば問題はないでしょう。」と書きましたが、ISSへの打ち上げは問題ありません。ギアナからの高軌道傾斜角の打ち上げの場合、地球周速の打ち上げ能力への寄与は小さくなりますが、減るということはありません。お詫びして訂正いたします。
我々が取材する予定だったアリアン4は現地時間の2月15日早朝に打ち上げられ、インテルサット907を静止トランスファー軌道に投入しました。これにてアリアン4ロケットは運用を終了しました。
打ち上げを見ることはできませんでしたが、それでもいくつかのの成果がありました。
・アリアンスペースの今後の打ち上げについて。
2003年は5機、2004年も5機のアリアン5打ち上げを実施します。このほか、2005年からは低軌道に1.5tを打ち上げる新ロケット「ヴェガ」の運用を始めます。「ソユーズ」のギアナでの運用も検討中。ヴェガ、ソユーズ、アリアン5で、幅広い重量のペイロードに対して打ち上げ手段を提供する予定です。
次のアリアン5打ち上げは3月、V160で、通信衛星「ギャラクシー12」とインドの通信気象複合衛星「インサット3A」を打ち上げる予定。
現場ではアリアン4運用終了に懸念を抱いているようです。案内のアリアンスペース社エンジニアに「アリアン4運用終了は心配ではないか」と聞くと「心配だ。アリアン4は116機も打ち上げて実績を積み重ねたロケットだが、アリアン5はまだ14機しが打ち上げておらず、アリアン4ほど安全面での実績はない」と明言しました。
日本としては「14機しか」という言葉に注目しなくてはならないでしょう。日本は「4機」しかH-IIAを打ち上げていません。
・インドの宇宙技術の進歩
セキュリティ上の問題があるのことで、写真を撮れませんでしたが、S5衛星整備棟では2機の衛星「ギャラクシー12」と「インサット3A」が整備中でした。
特にインドの通信気象複合衛星「インサット3A」は衛星バスこそ購入したもののようですが、開発主体はアメリカのメーカーではなくインド宇宙機関です。衛星の周囲では数人のインド人技術者が衛星の点検を行っていました。
ここ数年のインドの宇宙技術の進歩は素晴らしく、中国に続いて有人宇宙計画を実施するのではないかという噂も出ています。
1月に宇宙科学研究所で開催された「我々は宇宙開発で何をやすのか(その3)-宇宙開発戦略を語る-というシンポジウムでも、「日本は米ソ欧に続いて四番手を走っていたつもりだったが、このままでは日本は中国どころかインドにも追い越される」という発言がでました。
私は最近宇宙開発政策決定の中枢と意見交換をするチャンスに恵まれました。たいして長くもない時間だったのでその印象だけで語るのは不公平かも知れません。
しかし、あえて印象をまとめるなら、日本の政策を担当する者には日本が四番手ということの認識すらないように思われました。
今、中枢に限らず霞が関全般に、それが中国とインドに抜かれることが、具体的に日本の国際的地位にどのように影響するか、さらには国際的な地位の低下が国家のパワー、さらには経済活動にどのように影響するかという問題に対する想像力がそもそも欠落しているように感じています。
とはいえ、ナショナリズムをむやみに高揚させることは無意味です。必要なのは、冷静な現状把握と将来戦略です。これらが共に現在の宇宙開発政策に欠けているということが大きな問題なのです。
・ギアナの商業打ち上げ設備の充実
ギアナに行くたびに感心するのは、設備が「顧客に最大限のサービスを提供する」ために整備されていることです。今回は特にS5衛星整備棟が実際に稼働しているところを見ることができました。
衛星は宇宙センターから50kmの空港に直接An-124輸送機で運び込み、そのまま陸路でS5へ搬入できます。S5には電源、クリーンルーム、各種圧縮気体からヒドラジン燃料の充填までを行うすべての設備が備わっています。整備後の衛星はそのままストレートにロケットの機体整備棟へ搬入することができます。
ここで問題なのは、「日本は本当に商業打ち上げ市場でアリアンに勝つ気があるのか」ということです。関係者の間では「勝つなんてとんでもない。市場の1割でも取れるなら」という声も聞こえるのですが、それは「最初から気持ちで負けている」という奴です。勝つ気で事を進めて、初めて1割のシェアが確保できるはずです。
誰が「入賞でいい」などといってF1に参戦するでしょうか。本田宗一郎はマン島TT参戦に当たって「世界一」を掲げ、紆余曲折の末に達成しました。
以前指摘した新種子島空港の問題にも見るように、日本の商業打ち上げに向けた姿勢からは「勝つ」という意志が感じられません。「勝つために全力を尽くす」という姿勢を見ることができません。全力を出さずに勝てるほど、商業打ち上げ市場は甘い場所ではありません。
欧州にとって商業打ち上げは国家的意志としてアメリカに対向して「勝つ」、勝つまではいかないまでも「対抗する」ものとして政策的な支援を受けています。
日本の場合、そもそも政治の側から見た実用ロケット開発の政策的位置づけが「欧米とのおつきあい」として始まったことが今も尾を引いています。はっきりした政策上の方針がないまま、ずるずるとロケットの民営化まで進んでしまいました。
世界全体で年間5000億円規模という小さな商業打ち上げ市場で、欧米のロケットが民営主体でやっていけているのは、その維持が国家的方針となっているからです。今の日本はそのような国家的方針を持っていません。国家的方針なしにH-IIAを民営化して、今後どのようにしてロケット打ち上げを行い、さらには技術開発を進めていくのか。
民営化はコストダウンのための魔法の薬ではありません。色々と契約で縛ってはいますが、H-IIAを三菱重工業が引き受けるということは、もしも同社が経営的に行き詰まった場合、H-IIAを海外企業に売却する可能性をも認めるということです。過去にはロールスロイスの航空機用エンジンのように、売却の可能性が出てから政府が支援を行って経営を再建するという例もありました。そこまで今の日本はやる気があるのか。当然のことながら、決定的な事態が到来する前に適切な政策を打ち出して、商業打ち上げ市場で「勝つ」ほうが、トータルのコストで見ると安く済むことはいうまでもありません。
具体的に書きましょう。種子島からの商業打ち上げで「勝つ」ためには、最低でも空港からストレートに衛星を運び込める道路と衛星整備施設が必要です。商業打ち上げ市場は小さく、民間資金だけでそれを整備することはできないでしょう。
実現には政策的判断が必要ですが、肝心の政策は空白状態です。
現在の日本の宇宙政策は、国際宇宙ステーションと情報収集衛星に振り回されて長期的なビジョンが不在になっています。
ですからまず必要なのは長期ビジョンです。
しかし長期ビジョンは政策として具体化して初めて意味を持ちます。過去、総理府直轄だった旧宇宙開発委員会では、宇宙開発政策大綱(5年の長期計画)にあたって、何回か長期ビジョン(15年程度を見越した構想)が作られましたが、「長期ビジョンに拘束力はない」という形で無力化、形骸化して、けっきょくその場限りの場当たり的な政策が続いてきました(1987年の長期ビジョンなど、その後の事態との乖離があまりに激しくて、読んでいて涙が出てきます)。
「これから日本は超高齢化社会に入るのだから、宇宙開発に全力を注がなくても」という意見を聞くこともあります。これは逆に思われます。「超高齢化社会に入るのだから、宇宙開発に全力を注いで『勝たなくては』ならない。これまでのように経済全体の成長が無為無策を覆い隠してくれることはなくなるのだから」というのが正しい認識ではないでしょうか。
松浦晋也
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