先進レーダ衛星「だいち4号」初観測画像公開

7月31日、先進レーダ衛星「だいち4号」(ALOS-4)の初観測画像、および初画像が公開された。

ALOS-4は2024年7月2日午後12時6分42秒、H3ロケット3号機によって種子島宇宙センターから打ち上げられた。所定の軌道へ無事投入されたALOS-4は、太陽電池パドルやアンテナ類の展開など衛星の安定運用に必須の作業を行うクリティカル運用期間を経て、7月3日、約3か月に渡り衛星本体やミッション機器の機能・性能の健全性を確認する初期機能確認運用期間に移行した。今回の初期観測画像はこの確認作業において取得されたものだ。

ここではALOS-4の目的と特徴について駆け足で振り返ってみたい。

「だいち2号」から向上した観測性能

ALOS-4は2014年に打ち上げられた「だいち2号」(ALOS-2)と同じLバンドの合成開口レーダ(SAR)を用いた地球観測衛星だ。SARとは、人工衛星や航空機などの移動体から観測対象物に向けて電波を繰り返し送受信することで巨大なアレイアンテナを仮想的に作り出す技術(合成開口処理)を用いたレーダで、太陽光を必要とせず、雲や雨も透過するため、悪天候や夜間でも地表を観測できるのが大きな特徴だ。

ALOS-4やALOS-2のSARではLバンドのマイクロ波が用いられる。民間の小型SAR衛星コンステレーションなどでよく用いられるXバンドは波長が短く、建物など細かな事物を観測するのに適している反面、森林などを観測すると樹冠(枝葉の集まり)で反射してしまう。波長の長いLバンドは立木の枝葉を透過して地面の様子を捉えやすいため、地殻・地盤の変動観測に適している。また森林に向けたレーダー波が地表面だけでなく樹幹(木の幹)に反射して戻ってくる性質は森林資源の把握に有効だ。

ALOS-4の衛星開発は1992年に打上げられた地球資源衛星「ふよう1号」(JERS-1)以来日本のLバンドSAR開発に携わってきた三菱電機株式会社が担当した。ALOS-2の衛星開発も同社によるものだ。

2024年3月11日、三菱電機鎌倉製作所にて公開されたALOS-4。上側の折りたたまれた白いパネルがPALSAR-3、下側の折りたたまれた黒いパネルが太陽電池パドル。写真右側(+X面)下部に張り出しているのが光衛星間通信システム・LUCAS
こちらは-X面とKa帯アンテナ(写真左上)が見えるアングル。PALSAR-3から突き出た金色の突起は畳まれた5枚のパネルを固定する機構が収められている。軌道上ではKa帯アンテナのある+Z面を下(地球側)に向けた姿勢になる。2024年5月25日、種子島宇宙センター・第3衛星フェアリング組立棟 (SFA3) にて

ALOS-4のSAR・PALSAR-3は5枚のパネルが折りたたまれた状態で打上げられ、軌道上で展開後は3.6×10mになる。パネル上には232台の送受信モジュールが隙間なく並び、1台あたり6つの送受信アンテナと周辺機器で構成される。アンテナは進行方向右下を向く形になるが、観測緊急観測などで左側から観測したい場合は機体全体を180度回転させる。姿勢を素早く変えられるようにALOS-4ではリアクションホイールを5基搭載している。

PALSAR-3は35km四方を分解能3×1mで観測するスポットライトモード、観測幅200kmを最大3m分解能で観測する高分解能モード、観測幅700kmを分解能25mで観測する広域観測モードの3つのモードを持つ。高分解モードはALOS-2と同じ3m分解能を維持しつつ、デジタル信号処理でアンテナ指向性を形成するデジタルビームフォーミング(DBF)により幅200kmの観測が可能となった。

14日毎に同じ地域を同じ条件で観測出来る(これを回帰日数と呼ぶ)ALOS-2とALOS-4だが、ALOS-2の観測幅(50km)では日本全域を抜けなく観測するには最短56日(14日×4回帰)必要だった。これがALOS-4では1回帰(14日)で日本全域を重なりをもって観測することが可能となり、発災後の迅速な事後把握や、異変の早期発見につながることが期待される。なお回帰日数14日ということは1年間に26回同じ条件で観測できることになるが、ALOS-4では26回のうち6回は干渉SAR解析のためのベースマップ整備に用いられる。

データ伝送の高速化

高分解能・広域観測で増えたデータ量に対応するため、衛星上に1TBのストレージを用意すると共に、伝送速度もX帯を用いるALOS-2の最大800Mbpsに対して、ALOS-3で開発したKa帯(26GHz帯)の直接伝送系(1周波伝送・最大1.8Gbps)を発展させ、ALOS-4では最大3.6Gbps(2周波伝送時)に向上させた。7月23日にはこの3.6Gbps高速通信の成功が報告されている。なおKa帯通信が使えるのは地上局が見えている10分間に限られ、国内ではJAXAのつくばと鳩山の地上局が用いられる。(海外ではスウェーデンとカナダの民間局を利用)

構体左上の黒い小さなCFRP製パラボラアンテナが直接伝送系のKa帯アンテナ。Ka帯アンテナは同じ+Z面にもう一基ある。
光衛星間通信システム・LUCAS

また、ALOS-2同様、静止軌道上のデータ中継衛星を用いた通信も1周あたり40分間可能だ。こちらもALOS-2の衛星間通信はKa帯・278Mbpsだったが、ALOS-4では光衛星間通信実験衛星「きらり」(OICETS)の技術を発展させた光衛星間通信システム(LUCAS)により1.8Gbpsに向上している。

これら通信系およびLバンドSARの性能向上に伴い電力供給能力も強化され、発生電力はALOS-2の約5300Wから約7000Wに、バッテリーも200Ahから380Ahに強化された。

軌道決定精度の向上

SARでは発した電波が対象物に反射されて戻ってくるまでの時間から対象物までの大まかな距離がわかるが、別のタイミングで同じ位置から同じ地点を観測した際の電波の位相(電波の「波」のサイクルの中の位置)を比較すると、わずかな距離の違い=地表の変化をセンチメートルオーダーで捉えることが出来る。いわゆる干渉SARと呼ばれる解析手法だ。ALOS-4はALOS-2と同じ軌道面なので、ALOS-4の観測結果だけでなく、ALOS-2とALOS-4の観測結果を組み合わせは干渉SAR解析も可能だ。

干渉SARでは各観測時の衛星の位置が同じ、つまり本来の軌道と実際に飛行した軌道の差が小さいほど有利であり、それには自分の位置と速度を精確に知る必要がある(軌道決定)。ALOS-2やALOS-4ではGPSを使って高精度な軌道決定を行っているが、ALOS-2ではレーダー波とGPS信号(L2信号)の干渉を考慮してSAR観測中はL2信号を遮断していた。しかしALOS-4では機体形状やGPSアンテナの位置を見直すことで、観測中もL1とL2両方を用いたGPS測位が行えるようになった。

SAP・各観測機器展開前の模型より。Ka帯アンテナと同じ+Z面に設置された白い山形のもの(写真右側)がレーザリフレクタ。写真左側にふたつ並ぶ銀色のものはS帯アンテナ。
展開後の模型より。-Z面にはGPSアンテナ(ふたつ並んだ白い丸)が2か所に、中央のロケットインターフェース部(上段に固定される部分)の内側にはスタートラッカ(STT)が配置されている。なおJAXA Digital Archiveの素材番号・PP100015351 を見るとSTT周辺のMLIが白く見えるが、これはSTTへの太陽光反射や輻射熱対策としてMLI最外層に白いガラスファイバークロスが使用されているため

またALOS-4では新たにレーザリフレクタが搭載されたことで、地上からレーザリフレクタに向けて照射したレーザーの往復時間から地上-衛星間の距離を測定する衛星レーザー測距(SLR)が可能となった。

これらGPS信号受信率の改善とSLRにより、ALOS-4では軌道決定精度がALOS-2の1m以内から10cm以内(どちらもRMS)に向上した。

海洋状況把握

展開後の模型より。写真左側、-Y面から伸びる魚の骨のような構造物がSPAISE3

ALOS-4には船舶自動識別装置(AIS)受信機・SPAISE3が搭載されている。VHF帯を用いるAIS信号の受信は通常見通し範囲(37〜55km)に限られるが、ALOS-4では非常に広い範囲(約5,000km)のAIS信号を受信可能だ。

日本周辺など船舶数の多い海域では非常に多くのAIS信号を同時に受信してしまい観測出来ない問題があるが、SPAISE3では十分な開口長を持つ8本のアンテナで受信したAIS信号を地上処理により受信海域を絞ることでAIS観測性能を向上させている。(海域毎に処理した結果を重ね合わせることで広域観測性も保っている)

ここで得られたAIS信号とSAR観測を連携させることで「AIS信号を出さない船舶」の動静も把握出来ることから、海洋状況把握に役立つことが期待される。

また、SAR観測では対象物の特性の違いが偏波(電磁波の振動方向)の反射の仕方に影響を与えることを利用して、地面や海、建造物や植生などを判別出来るが、これを利用して海上風を把握することも可能だ。

ALOS-2との協調観測

JAXAではALOS-4運用開始後も可能な限りALOS-2を運用する予定だ。両機を同時運用することで緊急観測等に柔軟に対応出来るだけでなく、たとえば進行方向に対して右側から観測するALOS-4に対して、同じ地域をALOS-2で左側から観測し、右と左それぞれの干渉SAR解析の結果を組み合わせることで、解析精度を高めることも可能だ。

今後の予定

ALOS-4は約3か月間の初期機能確認運用、およびPALSAR-3のチューニングを行う約3か月間の初期校正検証運用を経て、打上げ半年後を目処に定常観測運用が開始される予定だ。